「進撃の巨人 作者 やばい」と検索したあなたは、単なる炎上やゴシップではなく、なぜここまで”やばい”と言われ続けるのか、その正体を知りたいのではないでしょうか。
作品を読んで鳥肌が立った人、読み終えて放心状態になった人、考察が止まらなくなった人。その中心にいる作者・諫山創という存在は、漫画史でも極めて異質な存在です。

「進撃の巨人の作者がやばい」ってよく聞くんですが、事件でも起こしたんですか?

事件を起こした事実はありません。「やばい」の正体は、スキャンダルではなく創作レベルの異常さです。噂と事実を切り分けることで、不要な誤解を解消できます。
📌 この記事でわかること
● なぜ作者は「やばい事件があった」と誤解されるのか
● 他の漫画家と決定的に違う天才性の正体
● 進撃の巨人という作品が持つ異常な構造
● 現在の作者と次回作の可能性
この記事で分かる事
進撃の巨人作者がやばいと話題になる理由|評価と異常性の正体


「やばい」と言われる理由は一つではなく、評価・噂・天才性・世界観と複数の角度から語られています。それぞれの背景を確認しておきましょう。
事件と噂はなぜ広まったのか?
まず前提として、進撃の巨人の作者・諫山創本人が重大な事件を起こした事実はありません。それにもかかわらず「作者 やばい 事件」といった検索が多い理由は、作品内容の過激さにあります。
大量虐殺、民族浄化、思想対立、洗脳、自由意志の否定など、少年漫画としては異常なほど重いテーマを真正面から描いたため、「作者の思想が危険なのでは?」という誤解が生まれました。物語後半で描かれる世想対立は現実の歴史・戦争・差別問題を強く想起させ、「作者が普通ではない」と噂される原因になりました。噂が広まった背景をまとめると以下の通りです。
● 暴力描写が過激すぎる
● 倫理的にグレーな選択を肯定も否定もしない
● 読者に答えを委ねる構成
天才すぎると言われる最大の理由
進撃の巨人作者が「やばい=天才」と言われる最大の理由は、物語全体を最初から最後まで一つの構造物として設計していた点にあります。2006年にマガジングランプリで佳作を受賞してから2009年の連載開始まで約3年間、諫山創は設定とストーリーを徹底的に練り込んでいたとされています。
多くの長期連載漫画は、連載しながら設定を広げたり修正したりします。しかし進撃の巨人は、序盤の何気ないセリフやコマが最終盤でまったく違う意味を持って回収されます。例えば、1話目の冒頭シーンや夢の描写は当時は意味不明でしたが、終盤ですべて繋がる構成は後付けではほぼ不可能な完成度です。以下の点が特に評価されています。
● 伏線の数と回収精度が異常
● 物語のテーマが一切ブレない
● 読者の解釈を計算に入れている
中学生でも描けないと言われる理由

一部では「絵が下手」「中学生でも描ける」と揶揄された時期もありましたが、現在ではその評価は完全に覆されています。進撃の巨人の絵は技術より演出を優先した意図的な表現であり、「絵が描けない」のではなく「そう描いていた」ことが連載後半で明確になります。
線の荒さ、歪んだ人体、違和感のある表情は恐怖と不安を最大化するためのものです。例えば、巨人の表情がどこか間抜けで不気味なのは「人間に似ているが理解不能」という恐怖を与えるためであり、整った絵=正解ではないことを証明しています。デビュー前の2年間、プロ漫画家の原稿を模写し続けて力をつけていたことも、画力の問題ではないことを裏付けます。
● 整った絵=正解ではない
● 感情を揺さぶるための歪み
● 読者に不安を与える構図
年齢から見るキャリアの異常さ
諫山創は1986年8月29日生まれで、大分県日田市出身の漫画家です。高校時代に描いた漫画を父親に「漫画家にはなれない」と否定されながらも諦めずに専門学校へ進み、世界的作品を生み出したキャリアは、精神的なタフさの証明です。
多くの作家はヒット作の途中で迷走したり、編集の意向で物語が歪んだりしますが、進撃の巨人は作者主導で最後まで描き切られました。若くして世界的評価を得ながら、賛否を恐れず完結させた胆力は、次のような形で語り継がれています。
● 若くして世界的評価を確立
● 途中で逃げなかった
● 賛否を恐れず描き切った
レベルが違うと評価される世界観設計
進撃の巨人の世界観は単なるファンタジーではなく、政治・軍事・宗教・民族問題が複雑に絡み合い、それらが説明臭くなく物語として自然に組み込まれています。読者は気づかないうちに重いテーマと向き合わされるのです。
2023年にはフランスのアングレーム国際漫画祭で特別賞を受賞するなど、世界的な評価も確立されています。架空世界でありながら現実と地続きな感覚、善悪が単純でない構造が、他作品との圧倒的な差を生んでいます。
● 架空世界なのに現実と地続き
● 善悪が単純でない
● 読むたびに印象が変わる
進撃の巨人作者がやばいと確信される理由|作品考察と現在


作品内部に踏み込むと、巨人の設定・壁の意味・物語の核心に、さらに深い「やばさ」が見えてきます。作者の現在についても確認しておきましょう。
種類と設定が複雑すぎる理由
進撃の巨人には多種多様な巨人が登場しますが、それぞれに明確な役割と象徴が与えられており、単なるバトル要素ではありません。九つの巨人それぞれが物語テーマと直結した意味を持っています。
能力の違いだけでなく、その巨人を継承した人物の運命や歴史的背景まで設計されており、この複雑さを破綻させずに描き切った点が異常です。以下の特徴が、設計力の証明です。
● 能力ごとに意味がある
● 物語テーマと直結
● 後出し設定に見せない構成
壁の中の巨人が示す本当の意味
壁の中に巨人がいるという設定は、物語の象徴そのものです。「守っていると思っていたものが、実は脅威だった」という構図は人間社会そのものを示しており、安全神話が危険な存在によって支えられているという皮肉は現実の歴史や政治とも重なります。
無自覚な加害性、知らないことの罪、そうした問いを少年漫画の形式で描いた鋭さが、「作者はやばい」と言われる所以です。壁という単純な設定にこれほどの意味を込められる作家は、極めて稀です。
● 安全神話への皮肉
● 無自覚な加害性
● 知らないことの罪
猿の巨人が物語に与えた衝撃
猿の巨人(獣の巨人)の登場は、物語の空気を一変させました。知性を持ち言語を操る存在が現れたことで、単なる人類VS巨人の構図が崩れ始めます。読者がそれまで抱いていた「敵=倒すべき存在」という図式が一瞬で覆されたのです。
この転換点をあらかじめ設計し第1話から伏線を埋め込んでいたとすれば、構成力の異常さが際立ちます。価値観の衝突と正義の相対化というテーマが、この巨人の登場から本格的に展開されていきます。
● 言語を使う恐怖
● 価値観の衝突
● 正義の相対化
巨人になる理由は何だったのか

巨人化は単なる能力ではなく、「選択」と「呪い」の象徴として設計されています。力を持つことで必ず何かを失うという構造が、作品全体を通じて一貫して描かれています。
自由と代償、力の責任、逃れられない運命—これらのテーマが巨人化という設定に凝縮されており、物語が単純な爽快感に終わらない理由がここにあります。「なぜ巨人になれるのか」という問いへの答えが、作品の核心テーマそのものでした。
● 自由と代償
● 力の責任
● 逃れられない運命
安楽死計画はなぜ生まれたのか
安楽死計画は、極端でありながら理屈として破綻していません。苦しみを終わらせるための「善意」が、いかに暴力に変わりうるかを正面から問いかける構造になっています。読者に強烈な問いを突きつけながら、答えを出させずに物語が進むのです。
「未来を奪う行為」と「苦しみを終わらせる選択」を同時に示すことで、このテーマを少年漫画で扱う胆力こそが「やばい」のです。安楽死計画の是非を問う構成は、読者が自身の価値観を問い直す契機になっています。
● 苦しみを終わらせる選択
● 未来を奪う行為
● 善意が生む暴力
作者の現在と次回作の可能性
進撃の巨人完結後、諫山創は「漫画の連載もアニメの放送も終わって何年も経ちましたが、僕は今、働いていません。日常的に絵を描くことがなくなりました」と述べています。次回作については「進撃の巨人のようなものはもう描けそうにない」と明言しており、新連載の予定は現時点で確認されていません。
ただし、2025年には声優・梶裕貴さんの20周年プロジェクト「そよぎフラクタル」のスピンオフ漫画の原作ネームを担当することが発表されており、完全に創作から離れたわけではありません。公式情報については講談社の公式サイトをご参照ください。
まとめ:進撃の巨人作者がやばいと言われる理由を総整理
「進撃の巨人 作者 やばい」という言葉の正体は、スキャンダルや事件ではありません。創作のレベルが常識外れであることへの、最大級の賛辞です。
この記事のポイントをまとめておくので、是非参考にしてもらえればと思います。
● 物語全体を最初から設計した伏線構造の完成度
● 少年漫画の形式で政治・民族・哲学を扱う胆力
● 絵の荒さを演出として活かした意図的な表現
● 父親の反対を乗り越えて世界的作品を完結させた精神力
● 読者に答えを押し付けない問いかけの姿勢
諫山創という作家が「やばい」と評される理由は、作品の随所に込められた意図と計算の密度にあります。進撃の巨人を読んだことがない方も、この記事をきっかけにその世界観に触れてみてください。

